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2021年8月18日水曜日

[Go for the space]

 


空をじっと眺めていると、気持ちが宇宙に引っ張られることがよくある。

青空をじっと見つめる。どこまでも濃く青い空。その向こうに宇宙を感じるのだ。



2021年8月17日火曜日

[機織機]


昔の機織り機。明治末期から大正の時代。わかりやすく言うと炭治郎がいた時代。

昨日に続き、また多重露光。

多重露光はただ単純に重ねれば良いと言うものではない。

 1枚目と2枚目を重ねて構図をまとめなければならない。

センスが求められる。



2021年8月16日月曜日

[雨の十字架]

 


実は十字架ではないのだけれど、撮った後で十字架っぽいなと思った。

先日ブログったように、自宅近くの煉瓦作りの建物がある場所で撮影した。

雨はポツポツ程度。なので、撮影には支障が無い。

今日はフジのカメラにライカのレンズをくっつけて、多重露光で遊んでみた。

ちなみにフィルム指定はクラッシッククローム。

うん、写真遊びは楽しいね。


2021年4月16日金曜日

[FUJI] 藤の花を藤の花らしく撮りたくない

 

自分だけの藤の花の図。

我が儘な写真論。事象を見て、それらしく撮る。ある意味、写真の王道なんだけど、自分はあまりやりたくない表現である。

藤の花と聞いて連想するのが藤棚だ。以前そんな藤棚に行って写真を撮ってみたけど、何かが違う。結局1枚もちゃんと現像しなかった。

自分にはひねくれたところがあることはわかっている。だから、そこにあるものを目で見た通りの色で、しかもいかにもというアングルで撮りたくない。そんな写真なんて山ほどある。そんな金太郎飴の中に自分は入りたくないのである。

自分ならではのアングル。独りよがりだけど、それでいい。周りから何と言われても気にしない。自分が納得すればいいだけの話だ。昨年いっぱい撮ったけど、今年は今年の藤の花。昨年とはまた撮り方が違っている。だから新鮮な気持ちで撮れるのである。

まあ、そんな話なんて誰も興味無いと思う。

写真の良し悪しの答えは自分の中にある。自分がイマイチと思えば人からいくら評価が高くても納得しない。自分が最高と思えば自分の中では最高。と、自己中心的な独り言。これでいい〜のだ。

と、ブツブツとわけわかからんことを呟くオヤジ。困ったもんだね。

そしてまた今日も裏山に駆け上がって今日の1枚。パチリンコ!


2021年1月4日月曜日

[Heart & Butterfly] 独り言 2021

 


2021年、今年も独り言を呟く。



昨年1/4に独り言を書いた。今年もまた似たような事を書く。あくまで備忘録がわりであって、ただ単に私の呟きを聴かせられるだけなので、どうぞさっさと読み飛ばして貰いたい。


お題は一応四項目



●前置き

●写真

●買い物

●あとがき



●前置き

では、厳かに始めたい。まずは世の中について。色々書かねばならぬ事だけど、政治についてだ。写真家がいきなり政治とは何事ぞとおもわれるかもだけど、先日、小説家の村上春樹氏が今の政治の批判をされていた。私も同じ文化人として右へ習うことにした。多分、みんな思ってる事だからあえて書く必要もないかもしれない。だけど、いい加減鬱積した物が溜まっているので、書く。平たく言えばただの文句であり愚痴である。


あくまで特定の人物を指してるわけではないと前置きしておこう。きっと現政権にいるであろう漠然としたイメージだ。まずは、国民に向けてのメッセージを死んだ魚のような目で原稿を棒読みするような方。次に1階まで降りて来て欲しいのに、常に上の階にいる狸だとか、口をひん曲げて上から目線での物言いの方とか。こいつらが今日本のトップというのが情けない。よっぽど私が一人でやった方がマシだ。恐らくユー、やっちゃいなよマネーが裏から入ってるののであろう。某国に対して何も言わない。香港やウイグル問題についても何故か沈黙。なんで?裏からもらってるんだよ。図星だよ。


コロナ収まらないね。これもおかしなことになってる。感染らぬようにと、毎日市報のコロナ感染状況をチェックしていた。それがいつの間にか大阪府としての数だけの発表に変わった。これじゃあ、具体的に年齢的にどれくらいの人か、重症、軽症などの詳細が消えた。なんで?全国ニュースではコロナの死亡者はただの数字だけ。昨日何人、今日何人。単純な数字。著名人が亡くなった時は大きく取り上げられ、一般の方は数字で淡々と伝えるのみ。おかしくないか?小生、テレビがないので情報源はネットからだけど、ネットニュースには取り上げられるのは飲食店ばっか。他にも大変なことになってる仕事はいっぱいある。もっと他の業種も取り上げてくれないか。それよりか、医療現場が大変な事になってる記事を具体的にもっと取り上げて国民に危機意識を深めてもらい、gotoの予算は全部医療に組み替えるべきだろう。そんなこと、私出なくても、小学生でもわかるぞ。嗚呼、仕事出来ん議員ばっか。もううんざり。


と、似たような事を前も書いた気がする。デジャヴュ?ただ愚痴りたいことをダラダラと垂れ流してしまった。すまん。こんなのが前置きで。



●写真

写真?相変わらず撮ってるよ。厳密には大晦日や元旦はあえてカメラを置くことにした。当方、仕事も趣味も写真なので、ここはオンオフを分けるのにこの数日間はカメラを置いて、のんびり過ごす平和な日とした。ブログもあえてお休みにした。躍起になってするもんでもないし。マイペースでやる。


カメラ?う~ん、そうね、もうSonyにほぼ移行したかな。キャンはほぼ売った。でもキャノンのR5とR6はいいカメラだと思うよ。ただ値段が高いので買わない。まだSonyの方が性能と価格のバランスがいいから軍配が上がる。


時々FujiのX-T2も使ってるけど、寒いからかメカの調子がおかしくなっている。何度も電源を入れ替えないといけないのでストレスが溜まる。春になったら戻るのか?それとも修理か?まあいいや。Sonyで撮るし。


ワークショップ?今の現状では出来ないでしょう。商売上がったりだぜ。下手に遠征も出来やしない。さあ困った。どうしよう。。。家の近くで作品撮り。。。これで解決!


レンズ?数百本あるからお腹一杯。のはずが、実はまた手を出してしまった。嗚呼。もうこれで終わりにしよう。でも後悔はしてない。満足しかないじゃないですか。



●買い物

コロナゆえにネットで物色してると、つい手が滑ってポチッとやっちまう。駄目な私。されど、金欠なので高い買い物はしてない。レンズ買ったけど、中華レンズだ。マニュアルの安いやつ。感想。。。今回のはイマイチ。レンズは実際に使ってみないとわからない。いけてるレンズもある。


レンズ以外に買ったものと言えば、MacBookAir。えっ、十分に高い買い物やんか。と、突っ込まれるな。うん。清水の舞台から飛び降りた。そしたら空を飛べた。ちなみに今は雲の上にいる。IntelからApple独自で心臓部を作ったM1Macが気になって仕方がなかった。夢にも出てきたし(←嘘)


パソコンも実際使ってみないとわからない。見せて貰おうか、その仕上がりとやらを。と結果、爆速。そして静御前。負荷のかかる作業をしても熱くならず、消費電力が少ない。今のメインマシンであるMacBookPro 15inchを凌駕している。まさに恐れ入り屋の鬼子母神とはこの事である。


新たに私の養子となり縁組みをしたマシン。その接続端子はThunderboltつまりUSB-Cなので、色々なガジェットが必要となる。色々ポチった。コード、充電器、ポータブル電源、usbメモリ。一つ2000円前後なのがついついポチる原因だ。塵も積もれば富士山になる。気をつけたいのは富士山は出世魚みたいなもの。やがてマウナケアとなり、キラウエアになって噴火する。気をつけねばカードの支払い額が恐ろしいことになってる。つい悲鳴を上げる。嗚咽も漏れる。逆にアマゾンのペゾスは笑いが止まらない事であろうよ。


余談であるが、ガジェットを入れるポーチを探してるうちに化粧ポーチが表示された。無味乾燥なデジタルグッズを入れるポーチと違ってファッショナブルであったのでポチった。その時からアマゾンが化粧グッズをやたら勧めてくる。生憎吾輩はそっち系の人ぢゃな〜い。




●あとがき

2021年の目標。昨年と同じ。何も目標を持たないのが目標だ。まだ表舞台の仕事をしたいと思わないから営業はやらない。今やるべき事を焦らず細々とやっていく。

人間というのは貪欲な生き物だ。つい何かと高々と崇高な目標を掲げたがる。このご時世ジタバタしても始まらない。ジタバタするなよ、世紀末が来〜るぜとシブがき隊は語っていたが、結局1999年にノストラダムスの大予言は当たらなかった。今年も質素倹約。臥薪嘗胆。地道に地味にひっそり生きるのだ。これでいいのだ。



2020年10月24日土曜日

[巡り合わせ] シャッターチャンスを逃すな

 

 
大台ヶ原で高台より紅葉を狙った。
 
始めは、木道の階段と紅葉という図であったが、点景が欲しい。そこで、しばらくチャンスが来るのを待った。黒のウェア、違う。青のウェア、違う。そしてイエローが来た。すかさずシャッターを切った。このシーンには、このイエローが映える。
 
こういうシャッターチャンスはラッキーというものではないと思っている。偶然ではなく、自分にもたらされたギフトなのだ。必然として巡ってくれた機会に感謝!
 
 

2020年7月10日金曜日

[千手観音倒木とヒメボタル] 撮影にはアングル探しが大切というお話




森の中で見つけた手を広げたような倒木

森の中で大切なのはアングル探し。ただヒメボタルだけを撮るなら誰にでも簡単に出来る。作品としてまとめるのであれば、何かプラスアルファがないと物足りない。そういった意味でロケハンは大事。夜になる前の明るいうちに森の中を歩き回る。

森の中に手を広げたような倒木があったので、これ使えないかなあと実際にファインダーを覗いてフレーミングしてみる。うん、いけそう。カメラをセット。そして、撮れた結果が今回の写真である。数は少ないながらも一風変わった作品の完成。勝手に千手観音倒木と名付けた。実際は四本だから四手観音倒木と呼ぶのが正しい。

この作品は一昨日撮影のもの。ここからは昨夜のお話。日中降り続いく雨の中でロケハンしカメラをセット。雨が夜9時にあがったので、その時点から撮影開始。この日のカメラ台数は4台。森の色々な場所に置いた。夜の森を徘徊してカメラを設置した箇所を見て回る。

うむ。森が真っ暗。光がない。どこも飛ばない。ポツリポツリまでもいかず、ポツっと光ったのを目撃しただけ。夜の12時まで粘ったが心が折れて終了そして撤収。車に戻って撮影データをチェックする。ゼロか1カットしか写っていなかった。ガックリ。

残念な結果に終わったので、リベンジすることを決意。山奥で滞在3日目。ポツンとひとりぼっちの日々。日中のロケハンは結構念入りにやったので、今日の日中は特にやることがない。昨日はパソコンで編集作業で長時間使ったので、バッテリーが危うい。バッテリー温存のために編集作業はやめとくことにする。


本日のまとめ・・・アングル探しは重要

2020年6月22日月曜日

[作品量産] 同じ場所で何パターンも撮れる ヒメボタル撮影の日々



以前公開した作品の姉妹作品


前のバージョンと全く同じ場所で固定して撮ったもの。同じ場所一ミリも動かしていない。ホタルの数が多い日には1作品だけでなく幾つも創ることが出来る。撮り始め、ホタルが活発に動いてる時、穏やかに収束に向かう時など、色々生み出せるのだ。


私の場合、一夜につき平均5~8台のカメラで撮る。例えば8台シャッター切った夜は単純に20~30作品分の作品が撮れる計算だ。ただ、それぞれ似たような印象に見えてしまう場合もあるので、光の位置が違うカットを意識的にセレクトして組み立てる。光は正真正銘その場所で得たもの。別の場所で撮った光と組み合わせるという邪道なコンポジットはしない。


それから、光は多ければ良いと言う物ではない。ただ光をビッシリと敷き詰めたヒメボタルの写真をしばしば見かけるが、そんな撮り方は誰だって出来る。今回の作品は私にしては光を多めに取り入れた作品ではあるが、光の流れや動き、遠近や強弱がつくよう、それなりに構成して組んでいる。


この日はヒメボタル絶好調の日。森で沢山の数が舞ってくれた。だから、この作品の兄弟姉妹作品が数カットある。いずれ公開するかもしれないし、公開せずに眠らせておくかもしれない。他にもまだまだ違う場所で撮ったのがあるから、そちらを優先してアップする。中には撮りっぱなしで放置したデータも沢山ある。撮影に出かけない日に整理するのだが、沢山あり過ぎて作業が追いつかない。ちなみに昨日はオフの日。撮影はスナップも含めカメラも持たなかった。そんな日にデータ整理しないといけないのだけれど、気が乗らず、ただボーッと過ごしただけ。そんな日があってもいい。


塩漬けしてある撮影済みデータの整理。不必要なカットはどんどん削除しないとハードディスクが膨れあがり、すぐ満杯になる。今日は事務所に引き籠もってパソコン作業とするか。それも気分次第。


データは以前ダブルでバックアップしていたが、今はシングルバックアップだ。つまり、ハードディスクがぶっ壊れたら、はいそれまでよ。さようなら。万が一そうなった場合は運命として受け入れる。それでいい。(お仕事データは別)


とりあえず、しばらくホタル活動はオフのつもりだが、その後の遠征に関してはまだ自分会議中。遠征のために高速を使えば金が飛ぶ。あちこち動けばそれだけ交通費がかかる。高速料金やガソリン代、維持費は税金の塊。私が忌み嫌う腐った政治家の懐に入ると思うと胸くそが悪い。そもそもここ数ヶ月無収入だ。可能な限り不要不急の出費は控えたい。さて、如何したものか。


今日はあいにくのドン曇の冴えない天気。うん、データ整理かな。



本日のまとめ・・・撮影データは早めに整理しよう


2020年6月20日土曜日

[流れるライン] ヒメボタル撮影のコツ



倒木を背景に緩やかなカーブを描くヒメボタルのライン


ヒメボタルの写真を撮るときのコツ。それは奥に沢山飛んでくれて、中間に時々、レンズ手前に横切ってくれるヒメボタルが入ってくれると効果的な絵になる。なぜならば、絞り開放の被写界深度により光の写りに大小がついて、それにより遠近感が生まれ空間が生まれるからだ。


今回紹介する作品は、これまで二回登場したカニがいる倒木。(カニ1・カニ2)

またディストピアシリーズ第一弾でも登場のポイント。


倒木の周りにヒメボタルが縦横無尽に飛び交い通り過ぎた後が光の跡となる。それだけだと物足りなさを感じるので、レンズと倒木の中間地点に飛ぶヒメボタルの光を狙い、またレンズの手前に来るヒメボタルを狙う。ここで一番の決め手は手前にやってきてくれるコが来るかどうか。


ヒメボタルを撮影されてる方であれば、小さな点だけ撮れて、手前にはやって来て貰えずに終わってしまう経験をされてる方が多いのではないか?


この作品には見事に綺麗なカーブが入ってくれた。どうやったか。それは「お願い」である。撮影をしながら、ヒメボタルが近づいてきてくれたら、「お願い、お願い、頼みますよ〜」と、話しかける。馬鹿と思われるかもしれないが、これが実際不思議と来てくれる。そして、ちゃんと手前に来てくれたヒメには「ありがとう」とお礼を言う。今までそうやって撮影してきている。


ヒメボタルは体長5~7ミリ程度の小さな虫だ。それでも気持ちは通じると私は信じている。


本日のまとめ・・・願いは通じる



業務連絡・・・写真展絶賛開催中! 私の作品を含め写真講座受講の受講生さん数十人の作品を六本木のフジフィルムスクエアにて展示中。(入場料無料)今月25日まで。是非!



2020年6月19日金曜日

[記憶を記録に残す] 雨の日のヒメボタル日誌



雨の日の情景


今シーズンは雨でも撮影した日がある。大抵の人は雨天での撮影を嫌がるが、雨の日は雨の日ならではのシーンが観れるので私は積極的に雨の日を選んで撮影したりする。


ここは昨日のラストの撮影日に選んだ場所。自分の中では三角倒木と呼んでいる。一昨年2018年の台風によって現れたポイント。昨年からここをお気に入りの撮影場所として、今年もまたここで撮影を行った。前にも書いたように定点撮影である。


ここに撮りに来る人は殆どいない。理由は、肝心のヒメボタルがあまり飛ばないから。でも条件次第で舞う日もある。その条件は秘密事項なので、ここでは述べない。ちなみにこの日は条件を満たす日と推測したので、撮影を敢行し見事的中した。しかも雨降る靄が立ちこめる中であったため幻想的な図となった。


この光景を作品として、また記憶として記録に残す。その理由もあって今年はここで沢山のカメラを使い沢山のカットを撮影した。その意味するところ・・・


薄暗くて判りづらいと思うが、この三角を形成する左右の倒木両方に赤いテープが巻かれている。昨年には巻かれていなかった。テープされた意味。それは伐採されるということ。つまり、来年ここに再び訪れた時には無くなってしまっている可能性が高いのである。


約20年、この森の変化を見ながら撮影を続けているが、色々な景色が現れては消え、また新たに出現し、また消えていく。見守っては見送ってきた。自然故の淘汰なのだから、仕方が無い事である。自然に限らず全てに於いて、「永遠」という言葉は無い。いつかは終わる日が来るのである。


そう考えると、この風景がとても愛おしく感じる。愛すべき場所。そんなことを想いながら、これからも記憶に残るようにと、記録として残した。



本日のまとめ・・・記憶を記録に残す



2020年6月15日月曜日

[月明かり] ヒメボタル日誌



月の光の中に舞うヒメボタルの図

月の光。前に書いたように私は月明かりが大好きだ。だから作品には積極的に月明かりを取り入れる。今回アップの作品もそれ。この場所は以前は月の影響を全く受けない真っ暗な場所であった。それが一昨年の台風で斜面の木が倒れ開けてしまった。月は動く。月の動きによって光が当たる場所も変化する。それを考えながら撮影をする。光のコントロールである。

月夜を嫌がる人は多い。それは私に言わせれば、光のコントロールが上手く出来ないからだ。写真の基礎を理解していれば、どうやって撮れるのかが容易に理解出来る。こういった話の時によく聞かれるのは設定数値だ。私は数字が大嫌いだ。講師の仕事をしてる関係上、教える場合には数値を出さざるを得ないので仕方なく数字で説明するが、写真は数字ではないと思っている。数字に囚われると柔軟な対応が出来ない。数字の代わりに頼るのはイメージだ。イメージを描くことによって、どこをどう操作するかが見えてくる。それプラス長年で培った勘である。

ヒメボタルに限らずゲンジボタルもホタルは色々な要因で光の強さが違ってくる。数字でそれを撮ろうとすると、上手くいかないだろう。まずは撮影よりも観察。撮影しながらも常に観察である。光の変化もわかってくるし、ヒメボタルが通過するラインも見えてくる。また、じっくり腰を据えて夜の森を眺め続けることで、自宅での仕上げ作業もそれを頭に浮かばせながら創り上げることが出来るのである。

なので、ここに月夜の設定値を書くなど野暮な事はしない。自分で探ってほしい。その場所その場所で状況、条件が違うのだから、自分で見つけるしかないのである。


本日のまとめ・・・光はコントロールするべし


昨日、一昨日は連日の雨であった。特に昨日は暴風雨。ヒメボタルにとってはかなりダメージがあったと思う。今夜はとりあえず森へ足を運ぶ予定でいるが、数は期待出来そうにない。もうそろそろ終盤。撮れる撮れないよりもヒメボタルがどうなってるかが心配なので様子を見に行きたいと思っている。

2020年5月6日水曜日

[今はカメラもレンズも買うな] 撮影機材購入のアドバイス


私からの一切忖度無しの忠告。

緊急事態宣言の延長。そうなるだろうとは思っていたが、首相会見を真面目に聞いて損した。休業補償の追加の話とかは無し。ただただ国民に耐えろだと。ガックシ。うなだれるしかない。

そんな事なので、今はカメラもレンズも買ってはいけない。但し、安定した収入があり悠々自適に毎日を過ごせてる一握りの方は除く。私のような底辺を生きる人間は特に不要不急の買い物をするべからず。全てを食費や家賃に充てるべし。

前にも書いたが私自身、所有していたカメラとレンズを一部売り払って現金に換えた。機材を色々持ってる者は機材整理も兼ねて、売ることをお勧めする。今は未だ買う人がいる。でもそのうちに買う人もいなくなるかもしれないからね。

それから、カメラ雑誌「月刊カメラマン」が休刊になった。以前、ヒメボタルの作品と私の紹介を記事にしてくれてお世話になっただけに残念である。雑誌が休刊という意味は、ほぼ廃刊を意味する。親元のモーターマガジン社はそのままなので、編集の皆さんは社内で編入されてればいいのだけど。その後どうなったのかが気になってしまう。


さて、ここで最近発表の新しいカメラをあげてみる。各社より色々出されてるので目移りする。たとえば、FujifilmのX-T4、いいね。やっとボディ内手ぶれ補正が搭載された。欲しい。また、NikonのD780も評判がいい。買う気は全然ないけど。理由は最近のNikonのデザインはイマイチと思ってるから(特にミラーレスのZはデザイン的に全然無理)。なので正直要らない。フィルム時代のニコンは結構好きだったのにな。(F4とF100は今でも手放すことなく手元に残している)
Canonのミラーレスは今まで軍艦部がダサくて、まずデザインからして買いたいと思わなかった。性能以前の理由である。けれど、次期発売予定のR5のデザインはすんごく格好いい。実際使ってみないとわからんけれど、デザインだけは群を抜いていると思う。あくまで自分の好み。正直欲しい。

他には目新しいのあったっけ?そうだ、オリンパスがE-M1 markIIIを出してたな。まあ手元にまだE-M1とE-M5の型落ちあるから、それ使うからいいや。パス。欲しいけどね。
Panasonic・・・全く触手が動かない。動画を職業としてる方々には定評があるらしい。俺は基本スチールだから、パス。コンデジ時代は随分お世話になったけどね。
PentaxのK-1。これは実にいいカメラ。と、絶賛。以前メーカーさんから借りて使ってみたら、当時一番画質が良かった。欲しいと思ったけど、フランジバックがカメラメーカーの中で長いので、オールドレンズが使えない。よってパス。オールドレンズを集めてる人はフランジバックが短いミラーレス機を持っておくと幸せになれる。今の俺がソレ。

あとは・・・そうだ。Sigmaがあるね。これまでもユニークなカメラを出してるので、今出てるfpだっけ。このカメラは欲しい。すごく欲しい。でも我慢の子。

お勧めはやはり、Sony a7シリーズだな。現段階では性能的、デザイン的、トータルで見て独走している。前に書いた時点から変わらず。今の俺のメイン機である。以前はCanonがメイン。サブでSony。だったけど、入れ替わってしまった。Canonも使ってるけど、持ち出し率が高いのがSony。あくまで2020年5月時点での話。デジタル機材は下克上がつきものなので、数ヶ月で変わるかもしれない。

それから、なぜ今はSonyなのかの理由はイメージセンサー。写りがどうかはイメージセンサーによる部分が大きい。意外と知られていないのが、今のカメラのイメージセンサーの大部分はSonyが作っているってこと。Panasonicが昨年イメージセンサー製造からの撤退を表明した。だから現在イメージセンサーを開発製造してるのはSonyとCanonの二社のみ。Canonは自社の製品に搭載するから、Canon以外のメーカーは全部がSonyのセンサーなのだ。Canonの長年のライバルとされてたNikonでさえもSonyのセンサーなのである。つまり、Sonyが優位性を持っていて、当然一番最高且つ最新のセンサーは自分とこの会社のカメラに搭載するはずだ。だから、それよりちょい下のクラスのセンサーを他社に配ってると推測されるので、Canonを除けば常にSonyに分があるのである。



今日のまとめ・・・物欲は身を滅ぼす


いつもヒメボタルを撮影するシーズンが近づいてきた。例年であれば、カメラを10台、三脚を10脚、レンズは数十本を用意して撮影に臨む。でも、今年はメインカメラ1台とサブカメラ2台、念のためのサブサブが2台の体勢にするつもりである。緊急事態宣言の延長により、遠出撮影の道が閉ざされた。なのでヒメボタル撮影を開始する名古屋遠征が出来ない。とても残念だが、今年は断念するしかない。名古屋以外の場所もあちこちに撮影に出るのも出来ない。なので、今年は原点に戻って、20年前に撮り始めた自分のホームグラウンドの場所で撮影を行うこととする。


最後に、こちらにつけた作品の解説:10日前に撮った藤の花のクローズアップ。このコはもう既に枯れ尾花。ピチピチだったのに、もうクチャクチャになってしもた。Time goes byである。時は金なり。障子に目あり。クロードチアリなのである。


*追記・・・最後まで、こんなダラダラ話を読んでくれた全世界のチビッコ達へ。君たちだけにコッソリ書いておく。ヒソヒソ。それども、やっぱりどうしてもカメラとレンズが欲しいと言う諸君へ。と、前置きして。カメラなら、中古の型落ちミラーレスカメラがいいよ。レンズはPentaxの標準レンズTakumar(M42マウントのもの)とマウントアダプターでね。安く手に入れて、写真ライフを過ごそうね。ちゃんと歯磨いて寝ろよ!


2020年5月3日日曜日

[油絵] 絵画的写真撮影




高校生時代は美術部だったので、以前は油絵を描いていた。それも徐々に描かなくなって、気がついたら筆の代わりにカメラを持っていた。道具が変わっただけで、やってることは似たようなものだ。

絵も写真も表現するという事では共通。その表現のひとつにライティングってのがある。光がどこにあって、描く物にどう当たってるかをじっくり見て描く。あるいはシャッターを切る。

今回アップの作品は、夕方の斜光を使ったライティング。陽の当たり方、影の落ち方が描く物に立体感を与えてくれる。また、アンバーな光で濃厚な厚みのある色がのる。

また背景のボケが独特なマチエールをもたせるのにレンズにこだわる。レンズによって描くマチエールにも色々変わる。レンズは標準レンズと呼ばれる50mm,55mm,58mmを約10本。取っかえ引っかえして、描写を探る。こだわりの部分。

夕日の当たり方。たった数秒の違いで当たり方が変わる。数百枚撮った中で、一番下(左下隅)の藤の花の白玉に光が当たってるカットが数枚あった。その中の一枚がコレ。ここに光が当たってる当たってないかで全体の締まりが違ってくる。そのへんは神経質なくらいに気を配る。

絵を描くが如く写真を撮る。俺流。唯我独尊。


2020年4月30日木曜日

[朝日] 藤の花の撮り方


藤の花と朝日の図。

連日、藤の花ばっか撮っている。
毎日撮ってると段々飽きてくるので、撮り方やアングルを考えて、色々撮るのであった。

今回は朝日とのコラボレーション。
こんな撮り方もまた趣を異にして、良い物だ。

昨日のは緑を排除して白と青紫の二色のトーンでまとめた。
今回はその二色に黄緑を加えた三色構成。

アクセントに朝日。
いつものゆるふわとまた違う表現。

と、作品構成の話になってしまった。
そんな事を書こうとしてなかったけど、ついつい成り行きで。

まあ、撮り方にも色々あるっていうこと。本日のまとめ。
ご参考まで。



2020年4月28日火曜日

[光のライン] 藤の花を使った写真の構成のお話


光のラインの中に置かれた藤の花びらの図。

写真を撮る時に大事なのはアングル探しである。
それを見つけられるかどうか。

こちらは白玉さん、なすびさん、花びらの形態の異なる藤の花の部分みっつを使って、夕陽の光で浮かび上がった像がラインを描く角度を見つけて撮影。また光が当たっていない背景は暗く落として、ラインを効果的に活かしている。

観光名所にある藤棚で見る藤の花と違った、野生の藤の花ならではの、形。

写真に大切なのは形と光を読む。そして藤の花の色、緑。夕景の光のアンバーなトーンという色彩。それらをうまくまとめる。それが写真の完成度を高める。

と、たまには真面目に書いておく。



2020年3月7日土曜日

[撮影スタイル] アングルにも色々の話


昨日3/6はワークショップのお仕事。
生徒さん率いて、梅の撮影。手前右の赤いジャケット着た人物が私です。

ご覧のように仰向けに寝っ転がっての撮影。こんなスタイルで結構撮っています。背後には生徒さん達がしゃがんで撮影していますが、そうやって煽って撮るってのも青空を大きく取り入れて撮る時に有効。更に最大限に青を活かすには、寝っ転がり作戦です。

客観的に見ると、変な人ですが、実際にこうやって撮ると普段見慣れないアングルが見えてきます。梅や枝、幹のライン。そんな自然の形がよく見える。また何より寝て青空を見ると気持ちが良い。高揚感にも繋がります。

さすがに雨で地面が濡れてる時はこんな撮影スタイルはやりませんが、乾いた地面であれば、積極的に寝っ転がって見て下さい。面白い発見がそこにあります。

ワークショップは朝一から夕刻の閉園まで目一杯時間をたっぷり使って行いました。色々な写真が撮れたので、数カットまたブログにアップしようと思っています。

ブログの流れでいくと、北海道の地を訪れ、北海道ならではの雪景色ネタをアップとなるはずなのに、「えっ、また梅?」とガッカリかもしれませんが、このブログは好き勝手やっていく方針なので、北海道での写真は後回し。梅ワールド再び。



2020年1月29日水曜日

[カメラの視点]



いつもは通り過ぎているどうってことない風景もファインダーを通すと面白く見えてくるから不思議だ。

こちらのもそのひとつ。これは一体何を撮ったのか。

恐らく判る人はいないだろう。
何をどう撮ったかを説明しようかとも考えたが
多分これをじっくりと読みこんでる人はいないと思われるのでやめた。
細かく説明するだけ野暮かなとも思ったし。
(何か気になって眠れない人はコメントください。お答えします)






2020年1月28日火曜日

[写真のお話] 構図やら写真の分野とか



写真と構図は切り離せないテーマである。
構図の良し悪しで写真の良し悪しも左右される。

そこで、ここで構図の考えをまとめてみた。
と、書こうと思ったけど、さわりだけ説明する。

なので、ここで書くのは概論だけなので、
構図の説明を読みたいと思った方は閉じた方がいい。

*****************************

著名な写真家の中には構図が全く出来てない人も一杯いる。
なんじゃこりゃ?と私的には首をかしげたくなる物もある。
それもまた表現のひとつと言えるので、あえて否定はしない。

前にも触れたが作品としての写真で重要な要素は気持ちなのである。
自分の気持ちを注入して作品が完結する。

また構図という考えを取り入れて、写真を撮ろうとする。
すると、まず構図ありきで、気持ちが二の次になりがちになる。
つまり本末転倒に陥りやすい。

何の為に写真を撮っているのか?
まず、先にそれを考えてみよう。

写真といっても色々な分野ある。ここで大まかに分類する。

●記録
●伝達
●商業
●芸術

今思いつくところだと、こんなところであろうか。
もしかしたら他にもあるかもしれないけれど、
それぞれを説明すると・・・

●記録・・・簡単に言うと家族写真がそれである。
生まれてから死ぬまで、写真を撮ったり撮られたり、生活の一部として無くてはならない物。今だとみんなスマホでハイチーズだろうか。スナップやメモがわりとしても役立つ。なので構図はさほど気にする必要は無い。

●伝達・・・簡単に言うと報道写真がそれである。
人に事実を伝えるための手段なので、見た人が事象をすぐに把握して貰えるというのが一番大事となる。友人の新聞記者に聞くと、撮るのは必ずJPEG形式。RAW形式ではない。スピードが優先だから。構図は考えて撮られてる物と、でない物が両方混在する。

●商業・・・簡単に言うと広告写真がそれである。
スーパーのチラシやパンフレット。物撮りなので、自分の気持ちを外さないといけない。あくまで客観的に撮る。その商品が売れるのが目的だから。構図は存在するが、大体が同じような構図。凝りすぎるとクライアントからダメとなる。

●芸術・・・簡単に言うと額に入れて飾りたい写真がそれである。
作品として、眺めたい、うっとりする、感動する写真。一般の人が写真を趣味でやっていくのに目指しているのはこれだろう。私がやってる写真も主にこの分野である。カメラマンではなく写真家。写真をアートに域まで高める。だから構図が重要。

前置きが長くなったが、話を構図に戻す。
構図にも色々。例えば、日の丸構図、シンメトリー構図、三分割構図などなど。
ここでそれらを事細かく説明しない。

学校やスクール以外で学ぶなら、絵画鑑賞がお勧め。
絵画の中に沢山のヒントが隠されいる。
名作を何気に眺めるだけでも脳に蓄積されて自分の力となる。
次第に構図を考えなくても、知らず知らずのうちに構図が決まるようになる。
今流行りのAIによるディープラーニングに近い。

構図の話は今回で以上である。
本題に入りそうで具体的な説明をせず終わったので
最後まで読んだ人はモヤモヤした気分かもしれない。
期待された方、申し訳ない。

また偏屈に書いてしまった。
こんな人がブログ書くのは向いてないのかもしれない。
まあいい。また自分の好きなようにやっていく。


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後回しになったが今回掲載の写真のコーナー。
レタス畑である。
まず緑が美しい。色が少ない冬。貴重な鮮やかな緑。レタスに感謝。
あと、畑が作るライン。畑萌えである。
ちなみに使ったレンズは先日ご紹介したボディキャップレンズ。
楽ちんレンズだけど、構図はしっかり押さえてる。
ライン構成なり。










2020年1月23日木曜日

[海と空] 多重露光で作品創作


海と空を組み合わせて多重露光で撮影した。
レンズは「Lomogon 2.5/32 Art Lens」を使った。

さて、今回は何から書こうか。
いつも記事の内容に困る。

このブログは私の独り言を中心に書いていってるが、
たまたま立ち寄った方が、写真に興味があっても撮影そのもに関しては詳しくないかもしれない。そうなるといきなり写真用語をいっぱい持ち込んで書き進めても良いものだろうか。また、逆に写真を撮る事に興味があって、どうやったらこういった風に撮れるのかを調べたいと思って読まれてるかもしれない。一体どっちだろう?

まずはとにかく私がこの作品を創作した狙い。前に書いた「気持ち」の部分である。
訪れたのは冬の海。そこで撮影を行っていた。吹き付ける風が冷たい。
海が被写体なので、海を絡めて色々なカットを撮影していた。
海が少しと空とか、空が少しと海を広くとか。ウインドサーフィンを絡めるとか。
そうやって色々と撮っていると、空の雲が良い感じな表情を見せてくれた。

そこで、レンズの向きを変え、海をそっちのけで空を撮る。
空を撮った後で、今度は下を向くと美しい海だ。
そうだ。画面の中に両方を閉じ込めよう。
というところから、多重露光という作戦となった。

今回カメラにつけたレンズはおNEWのレンズ。
「Lomogon 2.5/32 Art Lens」はまだ一般発売される前のものだ。
気がつけばなぜか手元にあった。
まだ、それほど使ってないのだけれど、何となく色のりが良い。
濃厚に色が出る。もっちもちでコッテリな感じが気に入った。
先日投稿した[濃厚な色] というタイトルで載せた作品が、このレンズで撮ったもの。
空の青がとても濃い。ブルーフェチの私はそれだけでもこのレンズを所有する十分価値があると思っている。自己満足。

と書いていくと、レンズデビューっぽくなり話が説明っぽくなるので、レンズの話はこれにて終了。このブログは仕事じゃないし。

話を戻そう。そう、多重露光が今回のお話。
これも詳しくは書くつもりはない。ただヒントにはなると思う。
カメラにもよるが、多重露光撮影のモードがついてる物がある。
それを使って撮るのが一番簡単で合理的。

パソコンを持ってる人はフォトショップを使って、
微妙にさじ加減を調整すると完成度が高まる。
テクニックが書かれた本とか読む時間があったら実際に撮ろう。
身体で憶える。これが一番。

今回の作品は空の成分がほとんど。
海は隠し味とした。
海のテクスチャだけをエッセンスに加えてある。
絵を描いてる人であれば、マチエールといった方がわかりやすいだろう。

マチエールをわかりやすく言葉でいうと風合いといったところだろうか。
空の青と雲の陰影に海の波やビーチの石の風合いを加える。

大事な事。気持ちの他にも心地よさだったり、冬の冷たさだったり
自分がその現場で感じたもの。受け取ったものを写真の中に込めるのだ。

この多重露光という写真表現はアートにもなりうる。
ちょっとアーティスティックに。
そんな気分になったら試しにやってみよう。





2020年1月20日月曜日

[写真の掲載を考える] ウェブ掲載の意義と異議



写真家ってのは撮ってなんぼの世界だが、ネットに画像をアップする事に対して色々考えてしまう。複雑な気持ち。悪用されるのがコワイ。

反面悪い面だけではなく、良い面もある。仕事として採用されたりね。これまでも何度もあって、作品を購入して下さったり、教科書に採用されたりと色々。メールで問い合わせがきて、有り難いことに、大体すぐお仕事成立となっていた。でも、ここ最近はネットを疎かにしてるので、怠けているぶん問い合わせが減っている。それを考えれば作品をウェブに載せていく必要性がある。画像をダウンロード出来ないようプロテクトをかける事も出来るが、たとえば担当者が社内外でプレゼンをかける為に資料作成するとかになると、ウェブ画像を落とせた方が都合がいい。そこでジレンマに陥る。

対策のひとつとしてはクレジットを入れる。ウォーターマークを入れる。
そうすることで、そこそこの対策になる。


ちょっと調査がてらグーグルで「写真、掲載」で検索をかけてみた。

そしたら、トップ表示の上から数番目のブログ記事を見て驚愕、唖然とした。

・・・ネットで拾ってきた画像は、「トリミング」はダメでも「縮小」はOK。出典を明記しましょう。基本的に許可を取る必要はありませんが、中には著作者に直接許可を取らなければ画像を一切使えないサイトもあります。・・・云々。そんな感じ。

冗談でしょう。大いに異議あり!

基本的に許可を取る必要がないなんて、あり得ない。

●転用の場合には必ず運営者に問い合わせをする。
●使用許可を求める。
●有料か無料かを確認する。
●クレジットを明記するか、もしくはどこからの転用かを明示する。
●更に許可を得て掲載してるので転用一切禁止と一文を添える。

こういった手続きを踏まないと転載する資格は無い。と断言しよう。
写真の世界を舐めている。この方は著作権について全くの無知である。
こういった事をする輩が増えていくと写真の文化が衰退していくと思う。
(悲しきかな、そうなっていってるのが現状)

「中には著作者に直接許可を取らなければ画像を一切使えないサイトもある」という部分は「著作者には必ず直接許可を取らなければ画像を一切使えない」と書かないと駄目だ。

またロイヤリティーフリーの会社から料金を払って掲載しているブログも多々ある。
それはロイヤリティーフリーの会社が料金を払った本人(会社)に許可しているのであって、
その本人(会社)がどう使おうが自由であるが、第三者の使用は認められていない。
万が一、そういった画像に手を出してしまった場合には法に触れるのである。

以前、私も実際に無断使用された事がある。
その方には全て私の画像を消去して貰った。
損害賠償まではやらなかったが。


嗚呼、無法地帯となっていくネット世界を危惧してしまう。


そんな経験も手伝ってか、おいそれと作品をアップするのは如何した物だろうと考え更新するのが臆病になってしまっている。今年になってブログを再開したが、無難にスナップ的な写真を多くしている。昨年までは作品性のある写真を意識してアップしていた。今年また作品性が高い写真を載せるかどうかは目下検討中である。様子見ってところか。



●掲載画像の大きさ

これがまた悩ましい問題だ。
自分のメインサイトに掲載している写真は長辺が540ピクセルに統一している。
またブログをやり始めた頃は長辺450ピクセル。と小さめであった。
それが時代とともにブログで扱われる画像が次第に大きくなっていく。
私も時代に合わせて仕方なく画像を大きくしていった。
遂には長辺1280ピクセルまで達した。
1280ピクセルまで大きくすると、やりようによっては悪用可能な大きさだ。

それから時代はまた進む。
どうも今の時代はパソコンよりもスマホ。
日本では特にiPhoneでネットを見る人の数が圧倒的多数らしい。
そうなれば、メインサイトで設定している長辺540ピクセルの大きさで十分ということになる。
なのでブログ掲載の画像は600ピクセルにサイズダウンしようと思った。
が、パソコンで見る人もいるので、スマホとの間をとった。
長辺が900ピクセル。それが今のブログの画像の大きさ。
これもまた時代に合わせて変えるかもしれない。

こんなことで悩んだりするからネットの世界は面倒だ。
いっそ止めたら?ともう一人の自分が囁く。

それでも折角ブログを再開したのだから、せめて一ヶ月は続けよう。
そして、一ヶ月後に自分会議を開いて継続か休止かを決める。
それまでは引き続き自分の好きなようにやるつもりだ。


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そうそう、つい熱くなってしまって、今回の写真の事について書くのを忘れるところだった。

今回のは作品というよりかはスナップだな。
だからといって勝手に使ったらダメ!

こちらは、先日に書いた記事のお散歩レンズで撮ったもの。
ボディキャップレンズなので、気軽にパチリである。

この日は晴天でお散歩日和。
そんな時は青空に抜いて撮るのが一番。
そのまま撮っても面白くないのでカメラを傾けてシュートした。
この傾け具合が大事で、少し角度が違うだけで駄目写真となる。

では、今日はここまで。